「女性用クラッシュテストダミー」はポリコレじゃない──やっと“現実の身体”をテストし始めた話

はじめに:最初は「またポリコレか」と思ったけど…

アメリカ運輸省が「世界初の本格的な女性用クラッシュテストダミー」を導入する──
そんなニュースタイトルを見たとき、正直なところ僕はこう思いました。

「またポリコレ圧力か。
男性モデルがあるなら、女性モデルも作れって言われたんだろうな」

でも中身を読んでみると、話はまったく逆でした。

  • これは「政治的配慮」ではなく
  • 統計的に女性のほうが危険な状況に置かれているのに
  • 安全試験が「ほぼ男性の身体だけ」で行われてきた

という、かなりガチな安全上の問題をようやく是正し始めた、という話でした。Carscoops+1

このギャップがあまりにも面白かったので、動画とセットで、背景をブログでもまとめておきます。


そもそもクラッシュテストダミーは「男の身体」で作られていた

クルマの衝突試験で使われるダミーは、「ハイブリッドIII(Hybrid III)」と呼ばれるシリーズが長年の標準です。

  • 基本形は「50パーセンタイル男性」
    (1970年代の北米“平均的な男”の身長・体重をモデルにしたダミー)ウィキペディア
  • そこから背の高い男性(95パーセンタイル)
  • 子ども用(3歳・6歳)
  • そして“5パーセンタイル女性”と呼ばれる、小柄なダミー

一応「女性」と名前は付いているモデルもあるのですが、
実態は “男性ダミーの縮小版” で、骨格や筋肉の付き方、首の太さ、骨盤の形など、
女性特有の特徴はほとんど反映されていませんでしたウィキペディア

つまり、これまでの衝突試験はざっくり言うと

「ちょっと背の高い男」「標準的な男」「ちょっと小柄な“男”」「子ども」

でしかテストしてこなかった、ということになります。


統計が示す“致命的なジェンダーギャップ”

これは単なる理屈ではなく、数字にもちゃんと現れています。

アメリカの研究データでは、同じような条件の正面衝突で比較した場合:

  • 女性は男性よりも 73% も重傷を負いやすい
  • 前席乗員としての死亡リスクも、男性より 17% 高い

と報告されていますCarscoops+2news.virginia.edu+2

この差は、
「女性は運転が下手だから」でも
「乗り方が悪いから」でもなく、

  • 身長・体格が小さい
  • 骨格・筋肉量・首の太さなどの違い
  • シート位置が前寄りになりがち(ペダル・視界の都合)

といった 身体の構造差と、そこを考慮しない安全設計 の結果だと考えられていますウィキペディア

にもかかわらず、安全試験はずっと“平均的な男”メイン。
このギャップを埋めるために、研究者や安全活動家は何十年も

「女性の身体を正しく再現したダミーを使うべきだ」

と言い続けてきましたCarscoops+1


皮肉:赤ちゃん用ダミーはとっくにあるのに、女性は後回しだった

ここでちょっと皮肉なのが、

  • 乳児〜10歳くらいまでの**子ども用ダミー(CRABI / Pシリーズ / Qシリーズ)**は
    かなり昔から普通に使われているのにウィキペディア
  • “ちゃんとした女性ダミー”だけが存在しなかった

という点です。

チャイルドシート義務化などの流れもあり、
「子どもの安全」は早い段階から政治的にも社会的にも問題視されてきました。

一方で、成人女性については、

  • 自動車業界・安全研究の現場がほぼ男性中心
  • 事故統計では長年「死亡者の多数は男性」だった
  • なので「男性を守ればOK」という発想で設計されてきた

という歴史的な偏りがあり、その結果として
女性だけが“テスト対象として”長く軽視されてきた という構図になりますウィキペディア+1


アメリカが導入する新ダミー「THOR-05F」とは?

今回アメリカ運輸省が打ち出した新ダミーが 「THOR-05F」 です。

ざっくり特徴をまとめると:

  • 5パーセンタイル女性(かなり小柄な女性)の身長・体重をモデルに設計Carscoops+1
  • 従来の女性ダミーと違い、「男性の縮小版」ではなく
    最初から女性の身体を前提に作り直したモデルCarscoops+1
  • センサー数は150個以上とも言われ、従来モデルの約3倍の情報を取得可能ガーディアン+1
  • 計測できるもの
    • 頭部の回転運動
    • 首への荷重
    • 胸部の変形量(胸郭の潰れ方)
    • 軟部組織への衝撃
    • 骨盤や腹部への力のかかり方
    • 腕・脊椎への負荷 など

これによって、

  • エアバッグの開き方・タイミング
  • シートベルトのプリテンショナー・負荷制限
  • シート形状・シートレール位置
  • ダッシュボードやステアリングの逃げ方

といった要素を、「女性の身体」でちゃんと最適化できるようになりますRoad & Track+1


「アメリカがついに本気を出した」 Carscoops 記事のポイント

今回話題になっている Carscoops の記事では、この動きをかなりストレートなトーンで紹介していますCarscoops

記事の主なポイント

  • アメリカ運輸長官 Sean Duffy が、初の高度な女性クラッシュテストダミー THOR-05F を公開
  • 過去の“女性ダミー”は、実態として「小さくした男」だった
  • 女性の重傷率 73%増・死亡率 17%増という“致命的な安全ギャップ”がある
  • THOR-05F は、女性の解剖学・姿勢・筋肉分布・関節挙動を反映した最新モデル
  • 連邦の衝突試験プロトコルに組み込まれ、メーカーは男性+女性の両方で安全性を示す必要が出てくる
  • 実運用は早くても 2027年以降、最終的には義務化されていく見込み

特に効いている一文がこれです(意訳):


「やっぱりポリコレじゃないの?」という疑問について

正直、このニュースは
政治的な文脈と絡めようと思えばいくらでも絡められます。

  • 「生物学的な男女差を認めるべき」という政治的メッセージ
  • 逆に、「ジェンダー平等」の象徴として扱う言説

などなど、アメリカ国内ではさっそくいろいろな論争も起きていますニューヨーク・ポスト+1

ただ、クルマ好き視点で見たときに本質だと思うのは そこではなくて、

・これまでの安全試験が、
 あまりにも「平均的な男」に偏りすぎていた

・その結果として、女性のほうが明らかに不利なリスクを負わされていた

・それをやっと是正し始めた

という、かなりシンプルな構図です。

僕自身、最初に「ポリコレで女性モデルも作れ!って言われたのかな」と勘違いした側なので、
動画ではあえてその勘違いから入って、

  1. 「またポリコレかと思った」
  2. ちゃんと調べてみたら、むしろ長年放置されてきた安全問題だった
  3. 数字を見ると、女性のほうが明らかに不利な条件に置かれている
  4. だから今回の女性ダミー導入は“やっとスタートラインに立っただけ”

という流れで紹介しています。

ブログでも同じように、「誤解 → 事実 → なるほど」の順番で読めるようにしておきたいので、あえてこの視点を書き残しておきます。


世界の動き:実はスウェーデンや欧州勢は一歩先を行っている

アメリカでは今回が「初の本格女性ダミー」ですが、
世界全体で見ると、女性ダミーの開発・導入はすでに始まっていました。

  • スウェーデンの研究者 Astrid Linder 氏らが、
    平均的な女性の体格を再現したダミー をEUプロジェクトで開発ウィキペディア+1
  • Euro NCAP などでは、コンピュータ上の女性モデルや、女性体格のダミーを一部で活用
  • Volvo なども、女性・妊婦の安全研究をいち早く進めてきた

つまり、

「やっとアメリカも世界の流れに追いつき始めた」

という見方もできますautoevolution+1

今回の THOR-05F 導入によって、

  • アメリカの連邦試験
  • 自動車メーカーの社内試験
  • 世界的な安全基準のアップデート

が一気に進む可能性が高く、
結果的に 世界中の女性ドライバー/同乗者の安全性が底上げされる ことになります。


これからクルマはどう変わるのか

女性ダミーが正式に試験に組み込まれていくと、
クルマ側の設計思想にも変化が出てくるはずです。

1. シートとステアリングの設計

  • 小柄な人が前にシートを出しても、
    エアバッグの展開で余計に危険にならないような設計
  • ペダル・ステアリング・ヘッドレストの位置合わせ
  • “小さい身体でも正しいポジションを取りやすい”インテリア設計

2. シートベルト&エアバッグの制御

  • 胸郭の強度が違う人に対して、安全に力を逃がすベルト調整
  • サイドエアバッグ・カーテンエアバッグの当たり方の最適化
  • エアバッグの出方・ガス量を、より細かいシナリオ別に制御

3. 評価軸の多様化

  • 「女性ダミーでのスコア」が、
    カタログや安全評価サイトで当たり前に載るようになる
  • 将来的には、“妊婦モデル”などの評価軸も増えていくかもしれませんウィキペディア+1

まとめ:これは“ポリコレ”ではなく“命の話”

最初にニュースタイトルだけ見たとき、
僕自身は「女性モデルも作れって怒られたのかな」と思ってしまいました。

でも、実際に調べてみると:

  • ダミーの世界は、長年「男性中心」だった
  • 数字で見ても、女性の重傷率・死亡率は明らかに高い
  • 女性用ダミーの必要性は、専門家が何十年も叫び続けてきたテーマ
  • 子ども用ダミーはとっくにあるのに、女性だけ放置されてきた
  • THOR-05F は、その遅れをやっと取り戻し始める一歩

という、かなりシンプルでシビアな安全の話でした。

「長年、衝突安全の研究者たちが訴え続けてきたことが、
ようやく形になった。」

そう考えると、これは“ポリコレ”というより、
ようやく現実の身体に合わせてクルマを作り始めた というだけの話なんですよね。

動画のほうでは、

  • 僕が最初に勘違いしたところから入りつつ
  • 女性がなぜ怪我しやすいか
  • THOR-05F がどういうダミーなのか
  • これからクルマがどう変わっていきそうか

を、図解を交えながら解説しています。

もしよければ、動画とあわせてこのブログも読んでもらえると、
「クルマの安全って、こんなところにもバイアスがあったのか」と
ちょっと視界が広がるかもしれません。

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